すべては期限つきなのだ


本日、小林麻央さんが乳がんのため亡くなったというニュースを見ました。

乳がんを告知されてから始めたブログではたくさんの人の心をつないでいました。

まだ34歳と大変若くしてこの世を去ってしまったこと、まだ幼い子供のこと、もちろん夫のことも含めて「どうして?」という気持ちが湧いてきますね。

でも、本人は精一杯生きようとしたし、生きたと思います。

 

死、、これは自然の摂理なんですね。

生があれば死がある。

始まりがあれば終わりがある。

これはこの世の変えられない法則です。

 

健康なときには時間というのは永遠に感じられます。

5年後、10年後、50年後のことを考えながら生きています。

しかし、本当は3か月後、もしくは今日死んでしまう可能性だってあるわけですね。

 

80歳で死ぬ準備はできていても、今死ぬ準備はできていない人がほとんどではないかと思います。

5分後に死ぬと言われて「わが生涯一片の悔いなし!」と言い切れるかどうかは私自身も不安ですね。

でも今を大切に一生懸命生きたならそのような心境になれるのかもしれません。

今を精一杯生きるという言葉はありふれているのかもしれませんが、今回のようなニュースを見るとその言葉の重みを感じます。

 

なぜならすべての事象は期限つきだからです。

 

生死だけではなく、人生には見えない期限が設定されているので永遠ということはありえません。

今の仕事、人間関係、親、兄弟、妻、子、所有している物だっていつ別れのときが来るか分かりません。

しかし、必ずその時が来ることは知っています(知っているはず?!)。

 

がんで明日にでも居なくなってしまうかもしれないとなれば、人はその人との時間を大切にします。

でも、元気なときには他の人と遊ぶほうを優先させるかもしれません。

どちらが良い悪い、長い短いの問題ではありません。

重要なことは一緒にいる今この時間を精一杯大切にするということです。

 

妻との時間を100%楽しむ。

子どもと全力で遊ぶ。

目の前の仕事(タスク)に集中して取り組む。

物を大切にする。

地球や資源を守る。

 

など、今あなたが大切だと思うものに対して、たくさんの愛情を注いでいきましょう。

喜怒哀楽、すべてが良いことばかりではありません。

つらく、苦しいときだってたくさんあります。

すべてを投げ出したいような気持になることも1度や2度ではないでしょう。

でも、何にでも期限があることを想えば、今この瞬間が大切であることはより鮮明に感じられるでしょう。

 

何となく生きてしまいがちですが、もっと何かできるはず。

あなたの本気はこんなものですか?

ありがとうございます。

 

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無いものねだり


人の運命をうらやむ人が多くいます。

私には○○が無いのにあの人は。。。

というケースが一番ではないでしょうか。

 

しかし、私たちは人の生活の一部を見て判断しているに過ぎないので、人生の中で抱えている悩みや苦しみまでは見えにくいものです。

見えている部分は華やかで素晴らしく映っていても、まったく悩みも苦しみもない人などはいません。

多かれ少なかれ、大なり小なり必ずあるものです。

 

それは、その人と一緒に生活をしてみればすぐに理解できると思います。

そうすると意外と相手はあなたのような人生をうらやましく思っていたりするかもしれません。

人は無いものや手に入れられないものに対しては無性に欲しくなる習性がありますね。

無いものねだりという状況になるわけです。

 

例えば、お金や地位が無い人はそのような人にはあこがれますよね。

でも、お金や地位もある人は、実はお金は無いけど自由で楽しく家族団らんできることに強い願望があるかもしれません。

 

人の人生は切り取られたところしか目に入りません。

いわばそれは絵画のようなものです。

その一瞬が素晴らしくても刻一刻と状況は変わっていきます。

人生はフィルムだからです。

そのフィルムを通して初めて人生の真の意味や特徴を感じることができるのではないかと思います。

 

そのときに本当にその人の人生を送りたいと思うかどうかを問いてみてはどうでしょうか。

私たち一人ひとりはそれぞれの役割を持ってこの世界にいるように思います。

それが何かは分かりませんが、とりあえず自分なりに精一杯生きていればいいようにも感じます。

無いものを欲しがるのではなく、あるものに感謝できる人の方が素晴らしいと思うのですがどうでしょうか?

ありがとうございます。

 

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自分との会話を大切にしよう

心に迷いがあるときには自己対話をしてみましょう。

自己対話とは自分の心と対話することです。

 

私たちは何か迷いがあるときには動けないことが多いはずですね。

レストランで自分が食べたいものがなかなか決められない。

好きな番号を選ぶだけなのに思考が先に進まない。

時間はあるのに何をしたいのか分からない。

 

そんなことを考えていると思考がフリーズしてしまい、身体も動かなくなってしまいます。

何とか決定したはいいもののなんとなく納得いかないという後味の悪さもあったりなんかしますよね。

 

それは、頭で思うことと心で思うことのギャップがあるからです。

頭では何が合理的か何が正解なのかを一生懸命考えていることが多いと思います。

自分の身体に良いものを基準にしたり、得するかどうかを考えていたり、場面にふさわしい対応を意識したりすることなどです。

 

それに対して心も納得していればなんなく行動できるのですが、もしあなたの心がそれを「よし」としていない時は何かしらの違和感を感じるのではないでしょうか。

その時にはその違和感がどこからきているのかを問いかけてみましょう。

そして、その問いを深めていきましょう。

どういう気持ちなのか。

何に対してなのか。

どうしてそこが気になるのか。

本当はどうしたいのか。

 

常識や〜するべき、ということはいったん横に置いて、純粋に自分の気持ちを感じてみましょう。

素直になるとは今の自分の感情や希望をありのまま受け取ることです。

 

その内容がネガティブなものであってもかまいません。

身体には良くないことでもかまいません。

一度優しく心の声をちゃんと受け取ることが大切です。

 

毎回心の声に従う必要はありませんし、そうしない方が良いこともあると思います。

そこは最終的にあなたがどこでバランスをとるかということです。

頭と心のどこの間をとれば良いかを考えるのです。

2つのポイントの間でうまくバランスする点を見つけましょう。

 

この作業をすることで納得感も出てきます。

なぜなら、最終的な判断をあなた自身が行っているという実感を感じることができるからです。

はじめはゆっくりでもかまいません。

じっくり丁寧に選択していきましょう。

それが自分を生きるということにも繋がるはずですからね。

ありがとうございます。

 

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なんでもいいから最後はポジティブ


気持ちが沈んでどうしようもない日もあるでしょう。

すべてがあなたの敵に見えることもあるでしょう。

嫌な気持ちもを抑えられないときもあるでしょう。

 

そんなときに無理やりその感情を押さえつけるようなことをする必要はありません。

ありのままの気持ちを感じてよいのです。

 

ただ、一つだけ守ってほしいことがあります。

それは、『最後にはポジティブに考える』ということです。

 

ネガティブなことを100思っても、最後に1だけポジティブなことを思ってみましょう。

それで問題が解決するわけでもありません。

気分が改善されるわけでもないかもしれません。

しかし、物事を両方の側面から見ることで、偏った考え方を避けることができます。

 

人はずっと同じ考え方をしていると、他のアイデアや意見を考えつくことすら難しくなってきます。

ひとつの発想が絶対であることはありえません。

自転車に乗っているときのように、その瞬間瞬間にバランスを取りながら進んでいるのと同じです。

もし同じ姿勢で自転車に乗り続けていれば、すぐに倒れてしまいますからね。

 

あなたの心のバランスをとるために、ネガティブなことを考えたほうがよい場面もあるでしょう。

しかし、ネガティブな思考を放置しているとそれがループのように繰り返され、脳を支配されてしまっては大変です。

そのような事態を避けるためにポジティブに最後に思うのです。

最後は上を向くというイメージです。

 

終わり良ければ全て良し、ということわざがありますね。

それは本当でしょうか。

人間は最後に楽しいことがあれば、その楽しさの方が優先的に記憶に残るという性質があるといわれています。

また、人が過去を振り返るときは出来事の「絶頂期」と「終末期」の記憶を話すピーク・エンドの法則というものもあります。

 

最後にポジティブで終わらせれば、人間の特性を活かしてネガティブな記憶を上書きすることができます。

それが積み重なっていけば、ポジティブな記憶が多くなっていき、あなた自身も自分がポジティブな人間だと思えるようになってくるはずです。

 

ネガティブ思考で困っているのなら試してみてください。

え〜そんなことあるわけない、と思ったあなた!

そのままの思考で終わらせないでくださいね。

ありがとうございます。

 

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苦しみは選んじゃおう

人の一生は長いでしょうか、短いでしょうか。

 

生まれて間もなく死んでしまう赤ちゃんもいれば、100歳以上まで生きている高齢者の方までいます。

 

当たり前に生きていますが、なぜ生きているのかは分からずに一生懸命生きています。

 

それでも苦しみは誰にでもあります。

 

この苦しみがなければ人生どれだけ楽だろう、と皆思うかもしれません。

 

しかし、この苦しみは無くなることはなさそうです。

 

釈迦は『人生は苦なり』と悟りました。

 

悟りとは、そういうものなのだと受け容れることなのだと感じます。

 

苦しみはそこにあり続けるものなのだ。

 

と、この苦しみを受け容れることができたならどうなるでしょう。

 

苦しみをなくそうと頑張る人生ではなく、何か他のことを目標にできそうな気がしませんか?

 

どうせ苦しい思いはするのだ、ならその苦しみを自分で選ぼう、と。

 

そっちのほうがもっと自分の人生を生きていると感じられるような気がしませんか?

 

だらだらと過ごすことも悪くはないです。

 

生き急ぐ必要もないです。

 

でも何かを成し遂げたいと思うようなことがあるなら、人生って短いのではないでしょうか。

 

そう考えると今この瞬間というのはとても大切。

 

私たちはとても貴重な時間を過ごしていることになります。

 

高いチケットを買って一流のコンサートを見たり、講演を聞いたりすることなどだけが貴重な時間ではありません。

 

今、私がまだ死んでいないということは、まだ生きなければいけないということなのですから、私たちは存在自体が貴重なのです。

 

そのなかで目の前のことにどれだけ真剣に向き合えているか、それが実際の行動にどれだけ移せているかで人生の質と充実度は大きく変わってくるのではないでしょうか。

 

たとえ今、引きこもっていたとしても、しっかりと自分に向き合い、行動に移すまでの準備期間だと思えばいいのです。

 

何かにチャレンジして、失敗するかもしれない、恥をかくかもしれない。

 

心は苦しいですが、それは選べる苦しさです。

 

あなたが選んだ苦しさに、あなたはちゃんと耐えられるようになっています。

 

どうせ苦しいのならあなたのやりたいことと向き合いながら苦しむほうがよくないですか?

 

今の日本はそれができる国なのです。

 

人のベストと比較する必要はありません。

 

人が100できてあなたが50しかできなくてもいいのです。

 

ただただ、あなたのベストを尽くしていきましょう。

 

ありがとうございます。

 

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不安と不満にご注意を

あなたの心をむしばむもので注意しなければならないことは、「不安」と「不満」かもしれません。

 

人は不安になると様々な症状が心身に現れます。

http://www.natural-peace.com/index_anxiety.html

 

心がいったん不安に覆いつくされれば、冷静な判断が難しくなってしまいます。

中国の三国志時代に活躍した天才軍師、諸葛孔明はこう言っています。

 

「成功の条件は冷静な心にある」

 

不安な状態にあって、さらに不満があったのなら人の心はさらに大きく乱れてしまうでしょう。

不安は良くも悪くも結果が出てしまえばその不安は解消されます。

しかし、そこに不満があったのなら物事への不安は消えることはありません。

 

もし会社の上司があなたを評価してくれるかどうか不安だったとします。

結果、思っていたよりも評価が高くはなくても上司との関係性が保たれていれば、評価が出た時点で不安はなくっているはずです。

ただし、上司への不満があった場合はどうなるでしょうか。

その評価は正当なものとは受け取ることはできないでしょう。

さらに、これからも不当に評価されるかもしれないという不安がさらにつきまとってくるかもしれません。

そして、上司に対して「あの人は私をクビにするつもりだ。」などと間違った思い込みなどが発生する可能性も出てくるでしょう。

 

不安と不満のコンビネーションは強力な負のループを発生させ、不安障害、パニック障害、依存症、人格障害まで発症するかもしれません。

不安と不満は恨みへと変わり、犯罪を犯してしまうかもしれません。

 

28年5月に起きた凄惨な事件を覚えているでしょうか?

東京都小金井市のバー兼イベント会場で、アイドル活動をしている冨田真由さんが首や胸など20カ所以上を刺されたストーカー事件です。

犯人は冨田さんへ一方的な愛情を向けていました。

そして、その愛情が拒絶されたことで犯行にいたってしまいます。

犯人は冨田さんから嫌われたかもしれないということで、不安になったに違いありません。

そして、自分が避けられたことに不満を持ち、それがいっきに増悪に変わったのかもしれません。

 

不安も不満もひとりよがりな感情です。

事実ではないことが頭のなかで事実として展開されていきます。

その想いには終わりがなく、肥大化していきます。

どこかでその連鎖を止めなければ私たちは空想の世界に生きることになってしまいます。

 

少しでも不安と不満を抱えていることがあるのなら誰か信頼できる人に話をしてみましょう。

できれば数人に話を聞いてもらい客観的なフィードバックをもらうようにしましょう。

自分では違うと思うことでも第3者からみるとあなたが間違っている可能性もあるからです。

そして、素直に意見を受け容れられる誠実さも持ちましょう。

 

不安と不満の「不」が無くなれば心は 安=やすらぎ 満=みたし を取り戻せるはずですから。

ありがとうございます。

 

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頼りきってはだめでしょう

人間は一人で生きていくよりも集団で生きることを選びました。

お互いを支えあい、助け合うことで生存率を上げようとしたのでしょう。

 

しかし、ときに人は極端になってしまうことがあります。

誰かの力を借りることを良いとはせずなんでも自分で解決しようと頑張ってしまうケース。

自分以外、誰も信じることができないためすべてが独断なり、偏りが激しくなったり、限界が低くなったりしてしまいます。

 

逆に、すべてを誰かに頼ってしまい、自分では何もしようとしないケース。

自分は何もできないとあきらめており、誰か(何か)がすべてを解決してくれると思っているため、やはりうまくいきません。

 

通常このような極端なケースの人と関わった場合、対人面での衝突が起こりやすいのですが、この両極端の人たちが一緒になった場合はピッタリとはまってしまうことも少なくありません。

 

いわゆる共依存ですね。

 

例えば、介護を受ける母と介護をする娘、DVをする夫とDVを受ける妻などです。

まさにSとNが引き合うような相性です。

いっけんうまくいっているように見えても、問題の根本的な解決とはなっておらず、むしろお互いのマイナス面を助長させていることも多くあります。

 

同じように、親子関係やストーカー問題などを警察や弁護士などに頼りきるのもよくありません。

なぜなら、現在の法整備では完全には防止することができず、対応はどうしても後手になりがちだからです。

100%の信頼を置いていても100%の対応では返ってはきません。

そのときには裏切られた気持ちとなり、その怒りが警察などに向く可能性も高くなります。

 

大切なのは、頼ることはしても依存はしないということだと思います。

 

全体重を支えてもらおうとすると、その支えを失なったときに自分を支えることができなくなってしまいます。

これって大変危険ですよね。

いろいろな人を頼って力をかりつつも、最終的な判断は自分がするという気持ちを持つことが重要です。

カバーしてもらえるところはしてもらいながら、補ってもらえないところは自分でしっかりカバーする。

自分の魂は自分が社長となって管理するような感じでしょうか。

 

カウンセリングの現場でもカウンセラーに何とかしてもらおうと思いながら受ける人よりも、自分が何とかするのだ、という気持ちを持ちながら受けている人のほうがより改善効果があります。

 

私たちは万能ではありません。

そのために誰かの助けが必要な部分が必ずあります。

そのかわり、誰かを助けられる部分も必ずあります。

お互いさまの精神でいきましょう。

ありがとうございます。

 

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なにをしたらいいんだろう〜

最近よく聞く言葉に「何をしたいか分からない。」というのがあります。

何をしたいか分からないということは、自分のエネルギーを向ける対象がないということになります。

 

人は生きるためにエネルギーを使っていますね。

肉体的なエネルギーは主に食事から摂取します。

対して、精神的なエネルギーはどうやって取り入れているのでしょうか。

それは、おそらく相手から受け取る感謝や称賛、承認の言葉だったり、自分の中から湧き上がる喜び、嬉しさ、楽しさ、やりがい、などだったりするように感じます。

 

何をしたいか分からないということはこの自分の中から沸き起こる感情を感じることができないからではないかと思います。

何かに対象を向けてみても、ポジティブな感情が生まれてこない。

感情が生まれないから、自分のやりたいことではないのなのだろうと解釈する。

 

ただ、本当にやりたいことがないかというと実はそうではないようにもみえます。

心の深い部分では自分はこうなりたい、こうしたい、という気持ちを持っていても自分をあきらめているので表面化しないのです。

 

私の中学時代にこのようなことがありました。

修学旅行に持っていくおやつの金額をクラスメイト全員で決めるということをやりました。

意見を出し合って、じゃあこの金額でいきましょうと決定したところで、先生が一言。

「だめだ、やりなおせ。」

私は内心「だったら初めから言えよっ!」と思ってしまいました。

 

このような教育やしつけをされて育ってしまうと、自分の心よりもそれを評価する人に目を向けて生きることになります。

そのまま大人になったあと、これからは自己責任ですよ、自主的に動ける人材になりなさいよ、と放り投げられると動けなくなってしまう人がいても不思議ではないですね。

指示待ち人間はだめだというけれども、協調性第一に教育されてきたのですから世の中とは矛盾していますね。

 

何をやりたいのか分からないのなら、あなたの感覚に聞いてみてましょう。

少しでもこれがいいかなと感じたら、迷わずそれを選びましょう。

でもこれをしたら〜、とか

今食べたら〜、とか

余計な考えが浮かぶ前に思い切ってやってしまうのです。

 

繰り返すことで少しずつあなたの心の声がはっきりと分かるようになってくるでしょう。

そして、その声に従える勇気も少しずつ成長していくはずです。

ありがとうございます。

 

【おまけ】ナチュラル&ピースのコラムに記事をアップしました。

     こちらも見てくださいね。

     「機能不全家族になる前にこれだけは押えておきたい10のこと」    

 

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理想に生きるか理想に死ぬか

人には理想というものがあります。

人は理想に向かって生きています。

人は理想によって何かを実現しようとしています。

 

この理想は頭の中にあります。

頭の中には脳があります。

脳は脳細胞からできています。

 

では私たちの理想は脳細胞たちが考えたことなのでしょうか。

そうではないように感じます。

脳はただの計算機で答えをはじき出しただけ。

それではこの計算をしたのは誰でしょう。

 

世の中まだまだ分からないことだらけですね。

 

しかし、この理想というもの、あまり求めすぎるとやっかいです。

個人で解決できるレベルの理想であればさほど問題はないかもしれませんが、理想を高く掲げそれに向かって突き進んでいくとたくさんの障害に当たります。

完璧を求めれば求めるほど、その障害も大きくなっていきます。

それでも理想にこだわるのならその障害を破壊していくしかありません。

道をお互いゆずらないのならぶつかり、勝ったほうがその道を行くのと同じです。

そのレベルは物、人、地域、国といくらでも大きくなっていきます。

 

そもそのこの理想、満たしてあげれば満足するのでしょうか?

満足するかもしれませんが、今度は失う恐怖と戦うことになりそうです。

そう思うと、理想は私たちを幸せにしてくれるものかどうか疑問です。

 

だからといって理想が全くないのも良いのかどうか判断はつきませんね。

やはりバランスが大切なのでしょう。

何事もほどほどにということでしょうか。

ありがとうございます。

 

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自信がなくて選べないあなたへ

自分に自信をつけたい。

優柔不断な自分を何とかしたい。

そのような時にできることがあります。

 

それは「直観力」を鍛えることです。

 

自信がないということは、この選択で良いのか迷っている状態です。

迷うということは決められていないので優柔不断な状態です。

 

自信は自分を信じると書きますね。

自分を信じるとはどういうことか。

それは、あなたの想いを素直に聞き入れることができるということだと思います。

 

レストランでなかなか注文できないときなどは良い例ですね。

これを食べたほうが健康に良いかな。

こっちのほうが安くて良いかな。

みんなと一緒のものをたのんだほうが良いかな。

セットにしたほうが良いかな。

などなど。

 

頭の中はベストを探って大忙しです。

思考によって、今はこれを食べるべきだ、という答えを何とか導きだそうとする。

でも、ベストな選択をしたはずなのに料理を食べてもいまいち満足しなかった。

などの経験は1度や2度ではないでしょう。

 

それは、あなたの感覚、感情を無視した状態だからです。

 

直観とはその時にあなたの心と身体が全体で感じたことです。

 

メニューを見たときに「これが食べたい!」と感じたあなたのことです。

しかし、ここで「でも〜〜」と思考が介入してきます。

そうなると綱引きが始まってしまいますので、思考にはいったんストップしてもらいましょう。

 

まずは、あなたが初めに思ったものを選択することをしてみます。

全体を見て、これ!と決めてみましょう。

スーパーで野菜などを買うときに、ぱっと手に取ったものに決めてしまうのです。

 

はじめは、失敗したー、と思うかもしれません。

しかし、繰り返すことで直観力は鍛えられます。

頭と心のバランスが整ってくれば、本当に必要なものを選べているでしょう。

同時に、これで良いと思えているあなたがいるはずですよ。

ありがとうございます。

 

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