心の玉

赤ちゃんは喜怒哀楽がダイレクトですよね。

お腹がすいたから泣く。

さびしくて泣く。

怖いから泣く。

怒って泣く。

楽しいと笑う。

嬉しいと笑う。

満足だと笑う。

幸せだと笑う。

生まれたばかりだと複雑な表現はできないですが、

思ったことを素直に表していきますね。

 

私たち人間の感情にはたくさんの種類がありますが、

実は単純に

 

泣くと笑う

 

が基本なのではないかと感じたりします。

生まれたばかりの状態は感情の心の玉が身体の表面まで

出てきているイメージです。

神経がむき出しといったような感じでしょうか。

しかし、成長していくにつれてだんだんとその心の玉が

身体の奥のほうに隠れていく(沈んでいく)ようになっていく。

 

それは生きていくうえで自然で仕方のないことだと思います。

しかし、例えば虐待を受けている、家庭不和、貧困など

自分を素直に表現できない環境が長期間に及ぶと

その心の玉が隠れていくスピードが速くなるのではないでしょうか。

むき出しの神経では刺激がありすぎて痛すぎるからです。

 

そして、トラウマなどを抱えたまま自分を形成していくと

その心の玉は奥のほうまで隠れてしまいそれを見ることすら

できなくなってしまうように感じます。(自分でも)

 

自分探しの旅とはこの心の玉探しの旅でもあるのではないか?

そんなことを思ったりもします。

自分に相手に正直になれない。

なんとなく生きづらい。

自分が自分でないような気がする。

情緒が安定しない。

どうすればよいか分からない。

頭では理解しているが実行できない。

こんな状態なときはもしかしたら心の玉から発せられる

素直なメッセージとこれまでの人生で「学習」してきた

肉の鎧の間で不協和音が起こっているのかもしれません。

 

心理カウンセリングで出来ることの一つは

この心の玉を見つけて表に出していく作業を

お手伝いすることなのだろうと思っています。

心が泣いている、笑っているということに

自分で気づけるようになることで、

より自然な状態(自然な自分)へ近づいていける。

 

人は誰でも心の奥に光り輝く心の玉を持っている。

そんなことをイメージするだけでも自分は善い存在なのだと

想うことができるのではないでしょうか。

ありがとうございます。

引き出し

心理カウンセラーと精神科医の違いは何でしょう。

ともに心の問題を取り扱うことには変わりありません。
もっとも大きな違いは精神科医は「薬」を処方できますが、
心理カウンセラーはできません。
しかし、心理カウンセラーはより深く長くクライエントと
向き合いながら癒しをあたえることができます。

心理カウンセラーと精神科医を同じものとして
混同している人たちもまだたくさんいるようですが、
それぞれの特徴を知っておくことは大切です。

私が思うに、
精神科医は引き出しを増やしていき、
心理カウンセラーは引き出しを減らしていく
職業のように感じます。

精神科医は薬の知識や精神疾患に関する知識を増やすことで、
その症状にあわせた対処を行っていきます。
そのためできるだけたくさんの知識と症例を持っていることが
重要になってきます。
正確な病名をつけ、適切な薬を処方するには必要なことです。

対して、心理カウンセラーはありのままのクライエントを
観ることがとても大切になります。
ありのままを観るためには心理カウンセラーの持っている
固定概念や自己概念、偏見や世間の常識などに
囚われてしまっては偏った見方や判断をしてしまう恐れがあります。
そのために、どれだけ自分を無にして聴けるかが重要となるのです。

足し算の精神科医、引き算の心理カウンセラー
とも言えるかもしれません。

心の問題を抱えているときにどちらにどのような相談を
するべきか悩むようなことがあるのなら、
このようなことを頭の片隅に持っておくと良いかもしれませんね。
ありがとうございます。

解決パターン

悩みや問題の解決には3つのパターンがあります。
・悩みや問題が完全になくなった。
・悩みや問題が気にならなくなった。
・悩みや問題が形を変えてなくなった。

完全になくなる場合とは、受験で合格するか不安だったが
無事に合格できたときは、進学という心配が無くなった
ことになります。

気にならなくなった場合とは、受験で合格するか不安だったが
今の実力で余裕で合格することがわかったときは、
進学のための受験が気にならなくなったことになります。

形を変えてなくなった場合とは、受験で合格するか不安だったが
父親の経営する会社が倒産してしまったときなどは、
進学どころではなく明日の生活をどうするかという
さらに大きな悩みや問題が出たことで
悩みや問題がすり替わったことになります。

悩みや問題を抱えて相談に来る場合は、大抵ある特定の悩みや問題
があって、その完全解決法を求めていることが大半です。
そして、心理カウンセリングの場面でその解決方法をズバリ助言
してくれることを望んでいると、なんだか肩透かしにあったように
感じることも多いようです。
それはおそらく、ああしなさい、こうしなさい、と指示がもらえない
がために後押しされた気がしないからかもしれません。

心理カウンセリングの場合はその自分の中の正解を意識化して
一歩を踏み出すお手伝いをしていきます。
選択⇒決定⇒行動
のプロセスは本人の意思が最大限尊重されます。

心理カウンセリングは電車ではなく電動自転車なのです。
解決はレールを走る電車のように1つの駅だけなのではなく
自転車のように足でこいで自分で止まる場所を選ぶのです。
心理カウンセリングは電動部分にあたります。
ゆえに、解決法を言い当てることはできないし、しないのです。

この悩みや問題はこう無くすべきだと囚われないで、
解決パターンは無数にあるんだということを認識してみましょう。
ありがとうございます。

生きぬける力

どんなことが起こっても生きぬける自信がありますか?

最近の事件で母が子供の首を絞めて殺してしまった事件がありました。
http://mainichi.jp/select/news/20150612k0000m040154000c.html

結果、千葉地裁は懲役7年(求刑・懲役14年)を言い渡しました。

母親の気持ちを考えると胸が苦しくなると同時に
なぜ支援の手が行き届かなかったのかという憤りも感じます。

心理カウンセリングなどを通じて問題解決を支援すること
は重要な仕事のひとつでありますが、それだけではありません。
私は、ひとりひとりが苦難に立ち向かえる心の強さを身につけてほしい
とも考えており、むしろ自分の人生を生きぬけるだけの力や自信を
持ってもらうことの方が非常に大切なことだと感じています。

老子説やユダヤ説などはありますが、このような言葉があります。

「今すぐ食べられる魚を与えるより魚の釣り方を教えよ。」

親が子供に取ってきた魚を与えてもすぐに空腹となりまた魚を求めます。
それではいつまでもたっても一人前にはなりません。
親は魚を与えることではなくて、魚を釣る智慧を与えることで、
子供は生きていく術を学ぶことができるのです。

目先の問題を解決することは一時的には改善したかのように思います。
しかし、自分や周りが継続して変化しなければすぐにまた別の問題が
起こったりするものです。そして、対応できずに悩んでしまう。

自分の心をしっかりと自覚して、よい変化が継続してできたときには
「自分」で問題解決の糸口を見つけられるようになります。
最後まであきらめずに人生を生ききることができるようになるのです。
子供の命を絶つことが解決ではないことが分かるのです。

私はそのお手伝いをしたいと思っているんです。

相談をすることに戸惑いを感じる方はまだまだ多いようです。
しかし、誰かに相談してみることで、
独りよがりな想いから脱することができるかもしれません。
もし何か悩みがあるなら、誰でも、どこでも、何でもよいので
相談してみましょう。

変化が感じられなくても話をする。
それだけでも価値があるのですから。
ありがとうございます。

カウンセラーは無意味?!

心理カウンセラーという仕事をやっているからには、
一人でも多くの人に元気になってもらいたいと願い、
一人でも多くの人が良い習慣を身につけてほしいと願います。

しかし、どれだけカウンセラーが切に願っても、
相談者が「本気で変わりたい」と思わなければ、
私たちカウンセラーの存在価値は非常に低くなってしまいます。
それでも、本気になれるきっかけを持てるよう少しずつ、少しずつ
働きかけるわけです。

例えるなら、分厚い氷に包まれた相談者をカウンセラーが
たいまつで溶かしていくような感覚でしょうか。

人は「変われ」と言われても変わりません。
表面的には変わったようにみえたとしてもそれは、
自分のためではなくて他人のために変わったふりをしているだけです。

人は本気で変わろうと思ったなら強力な底力が沸いてきます。

先ほどの例えを使うなら、氷に包まれた相談者は自分の身体からも
炎が出てきて氷を溶かし始めるのです。
そうすれば、内側と外側の両方から氷を溶かすことができるのです。

そして、その炎を絶やすことなく燃やし続けられるなら、
カウンセラーなど必要ないのです。すなわち、
心が自律すれば自分自身で人生を切り開ける力もつくのです。
ありがとうございます。

心のレントゲン

井上真央主演の「八日目の蝉」という映画を観ました。
少し前の映画なので知っている方もいるかもしれませんね。
内容は誘拐犯に3歳半まで育てられた子どもとその家庭、
そして誘拐犯の心の葛藤を描いたものでした。

この映画を私なりに一言で表すと『歪み』でした。

すべての登場人物は何かしらの歪みを持っており、
その中でまっすぐ生きようとする姿が描かれていたように感じます。

また、その時同時に感じたことはカウンセラーは相談者の
心の歪みを正すことに深く関わっている、ということでした。

カウンセリングを受けに来る方は何かしら生きづらさを
感じて来られることが多いです。
問題が具体的な方もいれば、そうでない方もいます。
しかし、このままではいけないと思っています。

心の歪みを直したいと感じているのです。

それならカウンセラーは心の整体師だと言いたくなりそうですが、
私はそうではないと思っています。

もしあなたの背骨が曲がっていると思われるのなら、
整形外科でレントゲンを撮れば誰でも曲がっているのが見れて、
治療の必要性を感じることができます。

しかし、心の場合は曲がっているかどうかは
物理的に見ることはできません。
「あなたの性格・考え方は曲がっています」
などと言ってしまえば、きっと怒って帰ってしまうでしょうし、
直してあげましょうという姿勢では、
直してもうらうという依存が形成されるかもしれません。

ではカウンセラーは何か?
私は、カウンセラーはレントゲン写真だと思います。
心のレントゲン写真のように、ありのままのあなたの状態を
反射して、その歪みに自身で気づいていくことを促進する。

人は自分で歪みに気づいたとき、本当に変われるのだと思います。

映画でも登場人物たちは歪んでいることの自覚がないため、
正しく生きようとしても、どうしても滑稽になってしまう。

背骨も歪み始めるとバランスをとるため反対に大きく歪んでいきます。
するとその歪みのS字はどんどんひどくなるわけです。

そのためにはまずはやり自分の歪みに気づくことが大切です。
生きていれば、歳を重ねれば、何かしらの歪みを抱えていても
おかしくはありません。

その心身の歪みを正そうとすることは、いつまでも健康でいられる
秘訣ではないでしょうか。
ありがとうございます。
 

あなたには分からない

人は誰しも、とてもつらい経験をすると
自分のつらさを分かる人などいない、と感じてします。

特に日本人は耐えることがあたりまえ(美徳)とされ、
人に悩みを打ち明けることは相手に迷惑がかかることで、
恥であると感じる習慣があります。

周りの人たちがそのような目を持っているなかで
もし弱音をはけばきっと否定されるため、話すことができず
ますます自分の殻に閉じこもるようになり、
相手に心を開くことができなくなってしまいます。

そうすると自分の中でつらさはどんどん拡大していき、
とても大きな問題になっていきます。
そうなると自分では処理できない感覚におちいってしまう。

日本国内での自殺者は以前3万人前後ですが、
「死」で解決することが唯一の方法だと錯覚してしまうのは
抱えているつらさを表現できない(しない)からではないでしょうか。

たとえ勇気を持って少し打ち明けたとしても
「あなたに私の気持ちが簡単に分かるものか。」
という気持ちが根底にあるので、
相手が同情してくれたり共感してくれたりしても
素直に受け取れず相手の好意を否定するような言葉を言ってしまう。

つらいことをつらいと言える環境があれば人は先に進めます。
そしてカウンセリングとは本来そういう場であり、
つらさを吐き捨てて、先に進む場所です。
もし、自分の周りに弱音を吐ける人がいないのなら、
カウンセラーと話をするのも効果があることを知っておいてください。
ありがとうございます。

絡まったコード

カウンセリングを行っていく中で、
過去をふり返ることの必要性を分かってもらえない
ことがたまにあります。

今抱えている問題とは無関係に感じてしまうのでしょう。
例えば、上司との人間関係がうまくいかない、
という悩みで、問題解決を最優先に考えるならば、
その上司とうまくやれるコミュニケーション法を
考えるのが一般的でしょう。

たしかに、それで上司とのコミュニケーションは
取れるようになるかもしれません。
しかし、その助言を受けた人はまた別のところで
同じような問題を発生させるかもしれません。

なぜなら、テクニックを学んだとしても
その人自身は何も変わっていない。
むしろ、うまくコミュニケーションを取るために、
自分自身の考えや気持ちを犠牲にして
心はさらに追い詰められているかもしれません。

人は生きてきたなかで、自分なりのパターンを作り上げています。
人間関係について言えば、
Aタイプの人とはうまくやれる。
Bタイプの人は苦手。
などがそれにあたります。

虐待されて育った子どもが、
絶対に親のようにならないと誓っていたにもかかわらず
自分の子どもに虐待をしてしまう親は少なくありません。

それは、親というモデルは親しかいなかったからです。

愛情をかけて育ててもらえなかった子どもが
親となって子どもに愛情をかけて育てたいと思っても、
実際の体験として感じる機会が少なければ、
どのように愛情をかければよいのか、
なにが愛情なのか分からないのです。

カウンセリングでは、どこでどのように今のパターンが
形成されてきたのか、少しずつ丁寧に過去を振りかえります。

例えば、お部屋のテレビの裏側はデッキを接続していたりして
コード(配線)が複雑に絡み合っていることが多いのでは?!
過去をふり返るというのは絡まったコードをほぐす作業と言えます。
絡まっている場所をいくらほぐそうとしてもうまくはいきません。
絡まっているコードの「先」を見つけて壁のコンセントから外せば
複雑に絡み合ったコードは格段にほぐしやすくなります。

壁から外すということは囚われている対象を手放すということ。
そうすることで、根本から自分を変えることができるのです。
新しいパターンを得れば、問題も苦手意識も消滅するかもしれません。

短期間で成果を上げなければいけなかったり、
その場しのぎ的、場当たり的な対応を求められる現代、
しっかりと自分と向き合って、右往左往しながら過去を清算していく
カウンセリングには無駄が多いように思えるかもしれません。
しかし、本当に人間的成長や自己実現に重きをおくなら、
ひとつずつ時間をかけ、着実に進めることが、
長い目で見れば最短だったりするのです。
ありがとうございます。