私たちは一秒たりとも考えることをやめることはできないことを知っていましたか?

マグロが泳ぐのを止めると死んでしまうのと同じように、私たちは生きるために脳はかたときも休まず働いているのです。

瞑想では、心を無にすること=何も考えていないこと、と解釈する人も多くいると思いますが、実際は私たちは「なにか」を想っています。

 

いろいろなことを考えながら生活をしているなか、なぜあなたはそう思うのでしょう。

好きな色はと聞かれて答える色はなぜ?

海か山かと聞かれて、山が好きと答えるのはなぜ?

痩せたいと思うのはなぜ?

出世したいと思うのはなぜ?

家族仲良くいたいのはなぜ?

 

質問に対して答えることは簡単に見えるかもしれませんね。

ごもっともな理由が出てくることと思います。

ただ、あなたがそれを選ぶに至った道のりや原因を知ること、分かることは難しいのではないでしょうか。

 

これまでの経験や環境、さまざまな刺激などから脳は複雑な回路を形成していき一つの思考を導き出します。

そのようなときになぜ自分はこう思うようになったのだろうかと、ちょっと客観的に物事を見てみる機会があってもいいように感じます。

最近話題の豊田真由子議員の「このハゲーー!」等の暴言は今年の流行語大賞になるのではないかという勢いですが、なぜそういうことを言おうと思うのでしょうか

エリート街道を進んでいく中で自分の言動を立ち止まって見てみる機会が得られなかったことは大変残念ですが、今まさにそれを体験している最中ということかもしれません。

 

家族に対しても同じです。

なぜ子供に向かってこの言葉を使うことをあなたは選んだのですか?

なぜ親に対して複雑な想いを抱いてしまうのですか?

 

今あるものはあなたが選んだのではないとも思うかもしれません。

しかし、法律がそうなっているから、ルールだから、それが常識だから、という理由で納得してしまっているならすべての選択権を他者にゆだねてしまっていることになり、「あなた」という存在は無くなってしまいます。

プログラムされたことに忠実な人間であるなら、それはただのロボットですよね。

 

フランスの哲学者デカルトの言葉に「われ思う、故に我あり」がありますが、なぜそう思うのか(思わないのか)をあなたなりに考えてみることに似ているかもしれません。

言葉を鵜呑みにするのではなく、より深くあなたの心を観ていきましょう。

 

生まれた直後というのは何も分からない状態ですね。

そこから、しつけ、教育、家庭環境等の影響を受けていきます。

生まれたときからあるあなたの資質もあります。

自我が形成されていくなかでいろいろな出来事がありますので、決してあなたが間違っているということではありません。

 

ただ、誰かと意見が対立したときや違和感を感じるときなどに、あなたの立場が絶対だと思わず、あなたの持っている価値観に焦点を当ててみることで、なぜそこまでこだわるのか、なぜ他ではだめなのか等、何か新たな気づきが出るかもしれません。

それが心の余裕にも変わっていくのではないかと感じます。

ありがとうございます。

 

-------------------------------------------------------------------------------------------------------

よかったなと感じたらバナーを押して応援して頂けると励みになります。


にほんブログ村

ついでにシェアもよろしくお願いします。

↓↓<(_ _)>↓↓