不安と不満にご注意を

あなたの心をむしばむもので注意しなければならないことは、「不安」と「不満」かもしれません。

 

人は不安になると様々な症状が心身に現れます。

http://www.natural-peace.com/index_anxiety.html

 

心がいったん不安に覆いつくされれば、冷静な判断が難しくなってしまいます。

中国の三国志時代に活躍した天才軍師、諸葛孔明はこう言っています。

 

「成功の条件は冷静な心にある」

 

不安な状態にあって、さらに不満があったのなら人の心はさらに大きく乱れてしまうでしょう。

不安は良くも悪くも結果が出てしまえばその不安は解消されます。

しかし、そこに不満があったのなら物事への不安は消えることはありません。

 

もし会社の上司があなたを評価してくれるかどうか不安だったとします。

結果、思っていたよりも評価が高くはなくても上司との関係性が保たれていれば、評価が出た時点で不安はなくっているはずです。

ただし、上司への不満があった場合はどうなるでしょうか。

その評価は正当なものとは受け取ることはできないでしょう。

さらに、これからも不当に評価されるかもしれないという不安がさらにつきまとってくるかもしれません。

そして、上司に対して「あの人は私をクビにするつもりだ。」などと間違った思い込みなどが発生する可能性も出てくるでしょう。

 

不安と不満のコンビネーションは強力な負のループを発生させ、不安障害、パニック障害、依存症、人格障害まで発症するかもしれません。

不安と不満は恨みへと変わり、犯罪を犯してしまうかもしれません。

 

28年5月に起きた凄惨な事件を覚えているでしょうか?

東京都小金井市のバー兼イベント会場で、アイドル活動をしている冨田真由さんが首や胸など20カ所以上を刺されたストーカー事件です。

犯人は冨田さんへ一方的な愛情を向けていました。

そして、その愛情が拒絶されたことで犯行にいたってしまいます。

犯人は冨田さんから嫌われたかもしれないということで、不安になったに違いありません。

そして、自分が避けられたことに不満を持ち、それがいっきに増悪に変わったのかもしれません。

 

不安も不満もひとりよがりな感情です。

事実ではないことが頭のなかで事実として展開されていきます。

その想いには終わりがなく、肥大化していきます。

どこかでその連鎖を止めなければ私たちは空想の世界に生きることになってしまいます。

 

少しでも不安と不満を抱えていることがあるのなら誰か信頼できる人に話をしてみましょう。

できれば数人に話を聞いてもらい客観的なフィードバックをもらうようにしましょう。

自分では違うと思うことでも第3者からみるとあなたが間違っている可能性もあるからです。

そして、素直に意見を受け容れられる誠実さも持ちましょう。

 

不安と不満の「不」が無くなれば心は 安=やすらぎ 満=みたし を取り戻せるはずですから。

ありがとうございます。

 

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頼りきってはだめでしょう

人間は一人で生きていくよりも集団で生きることを選びました。

お互いを支えあい、助け合うことで生存率を上げようとしたのでしょう。

 

しかし、ときに人は極端になってしまうことがあります。

誰かの力を借りることを良いとはせずなんでも自分で解決しようと頑張ってしまうケース。

自分以外、誰も信じることができないためすべてが独断なり、偏りが激しくなったり、限界が低くなったりしてしまいます。

 

逆に、すべてを誰かに頼ってしまい、自分では何もしようとしないケース。

自分は何もできないとあきらめており、誰か(何か)がすべてを解決してくれると思っているため、やはりうまくいきません。

 

通常このような極端なケースの人と関わった場合、対人面での衝突が起こりやすいのですが、この両極端の人たちが一緒になった場合はピッタリとはまってしまうことも少なくありません。

 

いわゆる共依存ですね。

 

例えば、介護を受ける母と介護をする娘、DVをする夫とDVを受ける妻などです。

まさにSとNが引き合うような相性です。

いっけんうまくいっているように見えても、問題の根本的な解決とはなっておらず、むしろお互いのマイナス面を助長させていることも多くあります。

 

同じように、親子関係やストーカー問題などを警察や弁護士などに頼りきるのもよくありません。

なぜなら、現在の法整備では完全には防止することができず、対応はどうしても後手になりがちだからです。

100%の信頼を置いていても100%の対応では返ってはきません。

そのときには裏切られた気持ちとなり、その怒りが警察などに向く可能性も高くなります。

 

大切なのは、頼ることはしても依存はしないということだと思います。

 

全体重を支えてもらおうとすると、その支えを失なったときに自分を支えることができなくなってしまいます。

これって大変危険ですよね。

いろいろな人を頼って力をかりつつも、最終的な判断は自分がするという気持ちを持つことが重要です。

カバーしてもらえるところはしてもらいながら、補ってもらえないところは自分でしっかりカバーする。

自分の魂は自分が社長となって管理するような感じでしょうか。

 

カウンセリングの現場でもカウンセラーに何とかしてもらおうと思いながら受ける人よりも、自分が何とかするのだ、という気持ちを持ちながら受けている人のほうがより改善効果があります。

 

私たちは万能ではありません。

そのために誰かの助けが必要な部分が必ずあります。

そのかわり、誰かを助けられる部分も必ずあります。

お互いさまの精神でいきましょう。

ありがとうございます。

 

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親と愛情

なぜこの親から生まれてきたのか。

なぜこの子を産んだのか。

そのようなことを考えたことはありますか?

おそらく1度くらいはあるのではないでしょうか。

 

同じ親から生まれた子どもでもその待遇が全く違うことも多々あります。

同じように育てたつもりでも、子どものとらえ方は兄弟で全く違うこともあります。

 

人の人生というのは誰一人として同じということはないんですね。

あたりまえのことなのですが、あらためて考えてみますととても奇妙に感じます。

皆違う人生を歩むのですが、皆望んでいるものもあります。

 

それは愛情です。

 

愛情は心の肥料のように精神的な成長を助けてくれます。

これが不足していると将来、大きな親子問題となる可能性があります。

もしくは、反社会的な行動に走ってしまうかもしれません。

サイコパスといわれる人たちのほとんどは幼児期に虐待や何かしらの心の傷を負っていることが分かっています。

人間という生き物は満たされない心は何かで埋め合わせる習性があるのかもしれません。

 

愛情は生きている限り様々な人から受け取ることができます。

しかし、やはり受け取る一番重要な相手は親からでしょう。

なぜならはじめて愛情を受け取る相手は親(特に母親)だからです。

 

この「親」は生みの親である必要はないと思います。

たとえ血がつながっていなくても愛情を持って育てることができるのなら、その人たちは立派な親だと思います。

そのことを考えさせられる映画に『チョコレート ドーナツ』があります。

機会があれば見てみてください。

 

虐待する血縁関係のある親と、愛情を持って育てる血縁関係のない親、どちらが「親」としてふさわしいかと言われれば、愛情のある他人のほうが子どもの成長には良いのではないかと感じます。

 

親とは産んだ人間ではなく、愛情深く育てた人間。

 

私たちは親になるまでにしっかりと愛情というものを学び、受け取り、与えられる人間になる努力をしないといけないかもしれませんね。

普通に考えれば、妊娠すれば、子どもが生まれれば、急に遺伝子構造が変化して素晴らしい親に変身できるわけがないではないことはわかっているのですから。

 

小学校は2018年から中学校は2019年から道徳が教科化されます。

そのことで愛国心などが話題にされますが、もっと大きな観点で人を思いやる気持ちや大切に思う気持ちを育てることに大きく貢献してほしいものです。


もしこのまま親子の問題が深刻化していけば、近い将来もしかする親になるための資格が必要になるかもしれません?!
それで資格のない親が子どもを産んでしまったら、今度は親代行会社なるものも現れるかも。

そして、その子どもを面倒見るのはAI(ロボット)かもしれませんよね。。。

ありがとうございます。

 

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なにをしたらいいんだろう〜

最近よく聞く言葉に「何をしたいか分からない。」というのがあります。

何をしたいか分からないということは、自分のエネルギーを向ける対象がないということになります。

 

人は生きるためにエネルギーを使っていますね。

肉体的なエネルギーは主に食事から摂取します。

対して、精神的なエネルギーはどうやって取り入れているのでしょうか。

それは、おそらく相手から受け取る感謝や称賛、承認の言葉だったり、自分の中から湧き上がる喜び、嬉しさ、楽しさ、やりがい、などだったりするように感じます。

 

何をしたいか分からないということはこの自分の中から沸き起こる感情を感じることができないからではないかと思います。

何かに対象を向けてみても、ポジティブな感情が生まれてこない。

感情が生まれないから、自分のやりたいことではないのなのだろうと解釈する。

 

ただ、本当にやりたいことがないかというと実はそうではないようにもみえます。

心の深い部分では自分はこうなりたい、こうしたい、という気持ちを持っていても自分をあきらめているので表面化しないのです。

 

私の中学時代にこのようなことがありました。

修学旅行に持っていくおやつの金額をクラスメイト全員で決めるということをやりました。

意見を出し合って、じゃあこの金額でいきましょうと決定したところで、先生が一言。

「だめだ、やりなおせ。」

私は内心「だったら初めから言えよっ!」と思ってしまいました。

 

このような教育やしつけをされて育ってしまうと、自分の心よりもそれを評価する人に目を向けて生きることになります。

そのまま大人になったあと、これからは自己責任ですよ、自主的に動ける人材になりなさいよ、と放り投げられると動けなくなってしまう人がいても不思議ではないですね。

指示待ち人間はだめだというけれども、協調性第一に教育されてきたのですから世の中とは矛盾していますね。

 

何をやりたいのか分からないのなら、あなたの感覚に聞いてみてましょう。

少しでもこれがいいかなと感じたら、迷わずそれを選びましょう。

でもこれをしたら〜、とか

今食べたら〜、とか

余計な考えが浮かぶ前に思い切ってやってしまうのです。

 

繰り返すことで少しずつあなたの心の声がはっきりと分かるようになってくるでしょう。

そして、その声に従える勇気も少しずつ成長していくはずです。

ありがとうございます。

 

【おまけ】ナチュラル&ピースのコラムに記事をアップしました。

     こちらも見てくださいね。

     「機能不全家族になる前にこれだけは押えておきたい10のこと」    

 

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理想に生きるか理想に死ぬか

人には理想というものがあります。

人は理想に向かって生きています。

人は理想によって何かを実現しようとしています。

 

この理想は頭の中にあります。

頭の中には脳があります。

脳は脳細胞からできています。

 

では私たちの理想は脳細胞たちが考えたことなのでしょうか。

そうではないように感じます。

脳はただの計算機で答えをはじき出しただけ。

それではこの計算をしたのは誰でしょう。

 

世の中まだまだ分からないことだらけですね。

 

しかし、この理想というもの、あまり求めすぎるとやっかいです。

個人で解決できるレベルの理想であればさほど問題はないかもしれませんが、理想を高く掲げそれに向かって突き進んでいくとたくさんの障害に当たります。

完璧を求めれば求めるほど、その障害も大きくなっていきます。

それでも理想にこだわるのならその障害を破壊していくしかありません。

道をお互いゆずらないのならぶつかり、勝ったほうがその道を行くのと同じです。

そのレベルは物、人、地域、国といくらでも大きくなっていきます。

 

そもそのこの理想、満たしてあげれば満足するのでしょうか?

満足するかもしれませんが、今度は失う恐怖と戦うことになりそうです。

そう思うと、理想は私たちを幸せにしてくれるものかどうか疑問です。

 

だからといって理想が全くないのも良いのかどうか判断はつきませんね。

やはりバランスが大切なのでしょう。

何事もほどほどにということでしょうか。

ありがとうございます。

 

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